最高裁判所第三小法廷 昭和47年(行ツ)52号 判決 1977年12月20日
上告人
神戸税関長
高木寿夫
右訴訟代理人弁護士
中山晴久
原田昭
右指定代理人
玉田勝也
外五名
被上告人
神田綽夫
被上告人
中田一夫
被上告人
田代一郎
右三名訴訟代理人弁護士
宇賀神直
外四名
主文
原判決中上告人敗訴部分を破棄し、右部分に関する第一審判決を取り消す。
前項の部分につき、被上告人らの請求をいずれも棄却する。
訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。
理由
第一上告代理人中山晴久、同原田昭、上告指定代理人香川保一、同近藤浩武、同長島俊雄、同鎌田泰輝、同上野至、同東光宏、同藤田鈴夫、同青木元一、同西川義輝の上告理由について
一事実関係
原審が確定したところによれば、被上告人らに対する懲戒免職処分(以下「本件処分」という。)に関する事実関係は、おおむね次のとおりである。
(一) 八月一九日の件(大塚宏圀に対する懲戒処分についての抗議行動)
昭和三六年八月一九日、神戸税関長官房主事森弘は、同主事室で、税関長に代わつて、大塚宏圀に対し、懲戒処分書及び処分説明書を交付しようとした。その処分理由の要旨は、大塚が、昭和三四年一〇月二七日、外国貿易船天栄丸の高島一志を同船に訪ねて一緒に下船した際、高島が米国製タバコ等の密輸入を企てて携帯しているのを知りうべき立場にありながらこれを確知することなく、税関職員として適切な助言、指導を怠りかつ陸務課の検査に協力しなかつたのは、税関職員たるにふさわしくない行為にあたる、ということであつた。全国税関労働組合神戸支部(以下「組合」という。)の組合員は、大塚に対する処分を知るや、正午前から零時三〇分ころにかけ続々主事室につめかけ、一二時三〇分から一時ころにかけて四〇名ないし五〇名になり、官房主事の説明を、理由にならない、不誠実だとして抗議を続け、口々に理由を説明せよ、できないのなら税関長を呼べなどと大声をあげたので、室内は騒然となり、一時三〇分ころまで押し問答が続いた。一時三〇分ころから二時ころにかけて、森官房主事、高松人事課長らは組合員に対し「帰ります」「退去して下さい」と要求したが、多数の組合員は進路を開けることなく立ちはだかつて抗議を続け、その間室内や入口ドアには、「不当弾圧撤回!」「首切りを仕事にする奴、森!」「オマエはバカなチンピラだ」、「チンピラ弾圧屋の森 税関から出て行け」、「メツセンジヤーボーイもできぬ官房主事はヤメロ」などと書かれたビラが貼られ、同趣旨の発言がされていた。組合執行委員である被上告人田代は、組合員の一員として、官房主事、総務課長らの附近に位置して激しく抗議していたが、同人らの耳もとで、バカヤロー、チンピラなどと怒声、罵声を発し、また、携帯マイクを使用して同様の行為をした。抗議は、途中休憩等をはさみ断続的に続いたが、五時三〇分ころパトカーのサイレンが聞こえたので、組合員は退室し、森主事らは警察官に守られて室外に出た。
(二) 一〇月五日、二六日の件(勤務時間内の職場集会等)
(1) 昭和三六年一〇月五日、組合は、総評及び公務員共闘会議の統一行動の一環として、全税関労働組合本部からの指令に基づき、本庁舎玄関前において、政暴法反対、公務員給与五〇〇〇円賃上げ、神戸税関における計算センター設置反対、勤務評定反対、人事の民主化などの要求をかかげ、午前八時四〇分ころから九時一〇分ころまで(勤務時間の定めは八時三〇分からであるが、九時五分までを出勤薄整理時間又は出勤猶予時間としてそれまでに出勤すればよいことになつており、九時五分から執務態勢にあつた。)職場集会を開催した。神戸税関長は、集会開催の前日組合支部長である被上告人神田に対し勤務時間にくい込まないようにとの警告を、また、当日九時五分ころ集会中の組合員に対し執務命令を発したが、いずれも無視された。被上告人らは、右集会の準備をし、組合書記長である被上告人中田は開会の挨拶等をし、同神田は組合員の団結をうながす演説をした。
集会の終了直前、被上告人中田は、職場に帰るとき税関長室前を通り要求を直接訴えようと提案し、右提案は可決され、組合員約三〇〇人が四列縦隊のような形で労働歌を合唱しながら正面玄関から二階へ上り、被上告人中田の音頭で、「五〇〇〇円賃上げ」、「勤評反対」、「合理化反対」、「遠藤(税関長)やめろ」、「森(官房主事)やめろ」などのシユプレヒコールを繰り返した。被上告人神田は列外に出て同中田に合わせて音頭をとり、同田代は同様列外に出て隊列の後部を指導した。右隊列は、九時一八分ころ二階監視部長室横の階段附近で流れ解散した。
(2) 同年同月二六日、組合は、前回同様の統一行動の一環として、全税関労働組合本部からの指令に基づき、同一の要求をかかげ、本庁舎前で、午前八時四〇分ころから九時一五分ころまで職場集会を開催した。上告人神戸税関長は、集会開催の前日被上告人神田に対し前同趣旨の警告書を交付し、また、当日九時五分ころ集会中の組合員に対し執務命令を伝えたが、組合側はこれを無視した。被上告人神田、同中田は、集会を準備し、神田は組合代表として演説し、中田は官側への抗議団の派遣を提案した。
同日、同税関東部出張所においても、二階ベランダで、午前八時四〇分ころから九時一五分ころまで職場集会が開催され、被上告人田代は、統一行動の意義を話し、政暴法反対の演説を行い、九時五分以降も税関長の執務命令を無視して演説を続けた。
(三) 一〇月三一日ないし一一月二日の件(輸出為替職場の人員増加要求活動)
神戸税関においては、輸出業務が集中する月末月初の各二、三日のいわゆる繁忙期には、輸出担当職員は二時間くらいの超過勤務や日曜休日の出勤が多く、また、大量の業務を処理するために、各職員がその能力に応じまた各人の責任において審査を簡略化することも行われており、一人が一日に約二〇〇件を処理することもあつた。組合は、輸出の増加により業務は増加しているのに職員はふえないとして、従来から人員増加要求を続けていたが、この要求を貫徹するため、被上告人らは、次のような行為を行つた。
(1) 一〇月三一日午後五時過ぎころから、輸出為替の職場で、繁忙期の業務処理、人員問題を検討するため、一五人の職員が参加して職場集会が開かれた。その席に組合の代表者として参加した被上告人中田は、官側は組合が人員要求しても何もしてくれず、労働強化を強いている、職員は無理のない件数をやることにしよう、そうすれば仕事が残るので超過勤務命令を出すだろう、それを拒否すれば困つて人員不足を認識するだろうとの提案をし、これまでのように大量の事務処理をすることをやめ、無理のない件数(大体一〇〇件程度をさす。)をやつて人員不足を認識させようということになつた(輸出申告の書類は、まず為替輸出係で審査され、輸出課、鑑査第一部門、そして再び輸出課へと流れているから、為替課での処理が遅れれば全部が遅れることになる。)。
(2) 翌一一月一日、輸出為替の職員は、右集会の決定に従つて通常の繁忙期のような迅速な事務処理をしなかつたため処理は遅れ、午後四時ころには、五時以降臨時開庁をして超過勤務をしなければならないことが明らかな状態になつていた。三時四〇分ころ、組合執行部は、輸出第一、第二、為替の各課長に輸出第二課長の席に集まるよう要請し、そこで増員要求に対する協力を求めた。四時四〇分ころ柴原為替課長から一時間の超過勤務命令が出されたが、被上告人田代は、五時ころ仕事を始めようとした職員に対し、人員要求の協力を確約しないと仕事をしないと課長と交渉しているから待てと言い、そのため職員は仕事をしなかつた。結局、六時ころから臨時開庁され、職員は五時半ころから超過勤務についたが、七時になつても残件が多くあつたので、柴原課長は更に一時間の超過勤務を命じたところ、被上告人らは、輸出為替の職場に来て、課長に対し、職員は疲れているからやめたらどうかと言い、職員に向つては、用のある者疲れている者は帰れと言い、ために職場は混乱し、課長は、これ以上仕事を続けることはできないと判断し、七時過ぎころ一般職員を帰宅させた。このため業者から苦情が出る一幕もあつたが、残つた分は翌日優先的に処理することで業者の納得を得て、その日の業務は打ち切られた。
(3) 翌一一月二日午前九時一五分ころ、柴原課長は、前日の残件を含めて大量の事務を処理するため、通常五〇ほどある審査点を四点に減縮する大幅かつ画一的な審査の簡略化を指示した。しかし、神戸税関ではかつて梅干事件(昭和三六年に梅干に関して農林省の検査合格証がないのに輸出許可をしたことで担当職員及び係長が収賄の嫌疑を受けた事件)があり、それ以来職員の間に審査を省略することを恐れる空気があつて、職員は容易に右指示に従わず、組合執行部に税関長と交渉して重点審査が原因で事故が起つた場合の責任の所在を明らかにするよう要請した。そこで被上告人ら三名を含む執行委員は一〇時ころ税関長と交渉しその見解をただしたが、明確な答弁が得られなかつた。被上告人中田及び同田代は、一〇時を少し過ぎたころ、輸出為替課におもむき結果を報告するとともに、職員に向つて、このまましていたら責任問題が起こる、課長に一札入れてもらつてから仕事をしようなどと言つた。柴原課長は、被上告人中田らの要求に応じて職員に対し、あらためて重点審査を指示するとともに責任は私が持つから心配はいらない旨を説明したが、中田らは執ように文書にすることを要求し、職員に対して、文書にするまで輸出課への書類を回すなと言つたので、結局、柴原課長は一〇時三〇分ころ文書にすることを約束し、職員に文書にするから仕事をするように言つた。この間書類の流れはとまり、為替課から輸出課へ回つた書類を為替課へ引き上げたりした。二時ころ、被上告人中田、同田代らが課長のもとに来て、早く文書を書かないと書類を回さないと言い、課長が文書にして読み上げたとき、被上告人中田は、それは命令かお願いかと尋ね、課長が、命令であるが仕事を早く処理するためやわらげた方がよいとの考えで、お願いであると答えたところ、職員に向つて、お願いなら従う必要はないと言つたため、職員の間にとまどいを生じ、仕事は依然停滞していた。更に、三、四〇分後には被上告人中田が再び輸出為替課に姿をあらわし、重点審査の責任は係員にあると税関長が言明したと言つて仕事を中止させるに至つたが、金田課長補佐が総務課で確認したうえ、右中田発言を否定し、責任は課長にあると言つたので、以後正常な状態にもどり、仕事が促進した。
(4) 同日午後五時ころ、鑑査第一部門においては、輸出為替課の確認事務が上述の経過で促進された影響を受け、同課から大量の書類が一時に回付され、通常の方法では処理し切れない事態となつた。そこで、宮崎鑑査部長は、局面打開の方法として、輸出為替課におけると同様ここでも重点審査をすることを指示するとともに、三〇分休憩して五時半から臨時開庁することとし、職員に対し超過勤務命令を出した。しかし、その指示の趣旨が必ずしも明瞭でなかつたため、職員の間に疑義を生じ、このことは組合執行部に報告された。そこで、被上告人神田、同中田を含む組合執行部約一〇人は、鑑査部吉井審査官に対し指示の内容をただし、来合わせた宮崎部長を取り囲んで、こんなに大量の仕事をやらせてできるものか、お前の指示を受けてやると殺されてしまう、などと大声を出した。そのころ窓口にいた多くの業者から、早くやつてくれ、船の出航に支障をきたすとの申入れがされたので、宮崎部長は、審査を簡略化する新たな指示をしたところ、被上告人神田ら組合執行部はそのような命令は文書にせよと大声でせまり、室内は騒然として、右指示が文書とされた七時ころまで職員の仕事はとまつた。
(四) 一二月二日の件(超過勤務命令撤回闘争)
一一月二日に結成された組合の輸出分会は、組合とともに人員要求をしていたが、人員不足を当局に認識してもらうとの趣旨で、分会役員は超過勤務命令撤回願を全員で出すことを決め、組合執行部も同調した。そこで、一二月二日(土曜日)の午前中、組合執行部及び分会役員が手分けして、各職場で用紙を配付し、超過勤務命令が出た後職員に要請してその撤回願いを書かせ、これを回収した。輸出一課では、被上告人中田がこれらの行為を行い、午前中の勤務時間が終るや、組合執行部や分会役員は、三階講堂に職員を集めるため各職場をまわつた。土曜日の臨時開庁は通常一時から始まるのであつたが、当日は被上告人中田らの申入れにより一時三〇分から臨時開庁されることとなつたところ、一時一五分ころ、同被上告人ら組合役員は、沢田業務部長らに約四五人の超過勤務命令撤回願を提出し、職員は疲れている、個人個人の健康状態や都合を調べて命令を出して欲しいと命令の撤回を求めた。沢田部長、宮崎鑑査部長はこれを拒否した。被上告人田代、同中野ら組合執行委員は一時三〇分になつて超過勤務につくべく職場に帰つて来た職員に講堂に行くようすすめ、講堂では、被上告人神田が、撤回願について交渉している、官は一方的に命令を出しているが必ずしも従う必要はないと説明した。一時五〇分ころ横田総務課長らが講堂に行き、集まつていた職員に対し、超過勤務の執行命令を伝えたところ、被上告人神田は、部長交渉中だから待機しているのだと大声で答え、組合員はほとんど職場にもどらず、一時三〇分を過ぎても輸出の職場では仕事がされなかつたため、業者から抗議が出、苦情が申し立てられていた。二時ころ被上告人中田が講堂に来て交渉は決裂した旨伝え、同神田が職場に帰つて仕事するようにと命じたので、二時五分ころから仕事は順調に進み、遅い職場でも七時ころには終了した。
二原審の判断
原審は、右事実に基づき、次のとおり判断した。
(一) 被上告人らの各行為は、次のような懲戒事由に該当する。
(1) 前記一の(一)の八月一九日の被上告人田代の行為は、国家公務員法(以下「国公法」という。)八二条三号に該当する。
(2) 前記一の(二)の(1)、(2)の一〇月五日及び二六日の被上告人らの行為は、国公法九八条五項(昭和四〇年法律第六九号による改正前のものをいう。以下、国公法の規定のうち引用するものについて同じ。)前後段に違反し、同法八二条一号に該当する。しかし、国公法九八条一項、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項(昭和四一年七月九日人事院規則一―四による廃止前のものをいう。以下同じ。)前後段に違反するとして、国公法八二条三号を適用する余地はない。けだし、これらの法条に違反する行為は、もともと争議行為に通常随伴する行為であつて、これに対する規制は、仮にその争議行為が違法な場合でも、専ら国公法九八条五項によつてされるべきものと解すべきであるからである。
(3) 前記一の(三)の被上告人中田、同田代の一一月一日及び二日の輸出為替課における各行為及び被上告人神田の一一月一日の輸出為替課における行為は、国公法九八条五項後段に、被上告人神田、同中田の一一月二日の鑑査第一部門における行為は、同法九八条五項前段に違反し、同法八二条一号に該当する。しかし、被上告人中田の一〇月三一日の行為は、いまだこれをもつて怠業行為を企て又はその遂行を共謀し、そそのかし、あおつたものと認めるには足りず、また、前述の理由により、被上告人中田、同田代の一一月一日の行為を人事院規則一四―一第三項後段に、被上告人中田、同田代の一一月二日の輸出為替課における行為を国公法一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項前段に、被上地告人神田、同中田の一一月二日の鑑査第一部門における行為を人事院規則一四―一第三項後段に違反するとして、国公法八二条三号を適用する余地はない。
(4) 前記一の(四)の被上告人らの行為は、国公法九八条五項後段に違反し、同法八二条一号に該当する。しかし、前述の理由により、国公法一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項前後段に違反するとして、国公法八二条三号を適用する余地はない。
(二) 国公法九八条五項は、国家公務員の争議行為を一律全面的に禁止したものではないこと、禁止される争議行為と許される争議行為との限界の判断はむずかしいこと、特に時間内にくい込んだ職場集会の許されるかどうかの限界の判断はむずかしいこと、本件行為の態様、被上告人らの組合における地位、本件行為当時の社会情勢等、諸般の事情を考慮すれば、被上告人らの懲戒処分の前歴を考え合わせても、懲戒免職処分をもつて臨むのは、社会観念上著しく妥当を欠くと認められるから、本件処分は裁量の範囲を超えたものとして違法というべきである。よつて、本件懲戒免職処分は取り消されるべきものである。
三上告理由
論旨は、要するに、原判決には次の違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
(一) 前記一の(三)の(1)の一〇月三一日の為替課における被上告人中田の行為は、これをもつていまだ国公法九八条五項後段の怠業行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、あおつたものと認めるに足りないとした点において、国公法九八条五項の解釈適用を誤つたものである。
(二) 前記一の(二)ないし(四)の被上告人らの行為(ただし、一〇月三一日の為替課における被上告人中田の行為を除く。)について、これらの行為が国公法九八条一項、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項に違反せず、したがつて、右法令に違反するものとして国公法八二条一号に該当するものではなく、また、国公法八二条三号に該当しないとしたのは、これらの法令の解釈適用を誤つたものである。
(三) 前記一の(一)ないし(四)の被上告人らの行為(ただし、被上告人中田の一〇月三一日の為替課での行為を除く。)は、国公法八二条一号又は三号に該当するとしながら、免職処分を選んだのは裁量権の範囲を逸脱するものとした点において、国公法八二条の解釈適用を誤り、ひいては行政事件訴訟法三〇条にも違反するものである。
四当裁判所の判断
(一) 一〇月三一日の輸出為替の職場における被上告人中田の行為について
税関の輸出業務担当の部課の組合員である職員が、組合の人員増加要求を貫徹するために、処理件数を低下させ業務の正常な運営を阻害することは、争議行為(怠業)にあたるというべきであるところ、前記一の(三)の(1)の事実によれば、一〇月三一日の輸出為替の職場における被上告人中田の行為は、少なくとも、争議行為の遂行をそそのかし、あおつたものというべきであり、国公法九八条五項後段に違反し(なお、同項が憲法二八条に違反しないことは、後述のとおりである。)、同法八二条一号に該当するといわなければならない。これと異なる原審の判断は、ひつきよう、右規定の解釈適用を誤つたものというべきである。
(二) 国公法九八条五項と同法九八条一項、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項、国公法八二条一、三号との関係について
国公法九八条五項と同法九八条一項、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項とは、その構成要件において完全に互いに他を包摂し又は他に包摂される関係に立つものではなく、また、国公法九八条五項の保護法益は、主として国民全体の共同利益であり、その他の規定のそれは、公務運営の適正と能率の確保を目的とする国の公務運営上の諸利益であつて、両者の規定の趣旨、目的は必ずしも同一でないばかりでなく、国家公務員は、私企業における労働者と異なつて争議行為を禁止され、争議行為中であることを理由として、当然に、上司の命令に従う義務(国公法九八条一項)、職務に専念すべき義務(同法一〇一条一項)、勤務時間中に組合活動を行つてはならない義務(人事院規則一四―一第三項)等を免れない。したがつて、職員の行為が争議行為禁止規定(国公法九八条五項)に違反する場合であるからといつて、右行為は、国公法九八条一項、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項の違反となることを妨げられるものではなく、右規定違反として国公法八二条一号に該当し、また、行為の態様により同条三号に該当することもありうるものと解すべきである。これを本件についてみると、次のとおりである。
(1) 前記一の(二)の(1)、(2)の被上告人らの行為のうち、被上告人らが、上告人の警告及び執務命令を無視して職場集会を行い、集会を積極的に指導したことは、国公法九八条一項、同条五項前後段、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項前後段に、一〇月五日の庁内デモ行進に参加しシユプレヒコールを指導し、あるいは隊列を指導したことは、国公法九八条五項前後段(被上告人中田がデモ行進を提案したことは同項後段)、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項前段に違反し、いずれも国公法八二条一、三号に該当する。
(2) 前記一の(三)の被上告人らの一一月一日の輸出為替課における行為は、国公法九八条五項後段、人事院規則一四―一第三項後段に、被上告人中田、同田代の一一月二日の輸出為替課における行為は、国公法九八条五項後段、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項前段に、被上告人神田、同中田の一一月二日の鑑査第一部門における行為は、国公法九八条五項前段、人事院規則一四―一第三項後段に違反し、いずれも国公法八二条一、三号に該当する。
(3) 前記一の(四)の被上告人らが超過勤務撤回願を一せいに提出するように勧しようした行為は、国公法九八条五項後段、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項前段に、超過勤務につくべき職員を三階講堂に集結させ午後一時三〇分から二時五分ころまで同人らによる通関業務を妨げた行為は、国公法九八条五項後段、人事院規則一四―一第三項後段に違反し、いずれも国公法八二条一、三号に該当する。
しかるに、右と異なり、国公法九八条一項、一〇一条一項、人事院規則一四―一第三項に違反するとされる行為が争議行為である場合には、その規制は専ら国公法九八条五項によつてされるべきであり、右規定違反として国公法八二条三号を適用する余地はないとした原審の判断は、ひつきよう、これらの法条の解釈、適用を誤つたものといわなければならない。
(三) 裁量権の範囲の逸脱について
公務員に対する懲戒処分は、当該公務員に職務上の義務違反、その他、単なる労使関係の見地においてではなく、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において、公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するため、科される制裁である。ところで、国公法は、同法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒権者が、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかを決するについては、公正であるべきこと(七四条一項)を定め、平等取扱いの原則(二七条)及び不利益取扱いの禁止(九八条三項)に違反してはならないことを定めている以外に、具体的な基準を設けていない。したがつて、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと考えられるのであるが、その判断は、右のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ、とうてい適切な結果を期待することができないものといわなければならない。それ故、公務員につき、国公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、右の裁量は、恣意にわたることを得ないものであることは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使として懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。したがつて、裁判所が右の処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場に立つて懲戒処分をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである。
右の見地に立つて、原審が確定した事実に基づき、本件処分が社会観念上著しく妥当を欠くものと認められるかどうかについて検討する。
まず、八月一九日の抗議行動については、大塚の処分につき税関当局側の態度が組合員を納得させるものでなかつたことが執ようかつ激しい抗議活動を誘発した原因の一つとなつていたとしても、原判決もいうように、当局は根拠なく大塚の行動に疑いを抱いたわけではないことがうかがわれ、その根拠の公表を強く迫つた本件抗議活動の態様は明らかに行き過ぎであり、殊にその際における被上告人田代の言動は甚だしく乱暴であつて、その情状は決して軽いものではない。次に、一〇月五日、二六日の職場集会等は、職場離脱の時間がそれほど長時間にわたるものではなく、また、そのため業務処理が遅れ具体的に問題が生じたことがなかつたとしても、公共性の極めて強い税関におけるものであり、職場離脱が一部の職場だけでなく全体で行われたこと、しかも、それが当局の再三の警告、執務命令を無視して強行されたことも、軽視することができないところである。更に、一〇月三一日から一一月二日までの人員増加要求活動は、繁忙期における執務状態に基因し、職場からの強い要求があり、人員増加要求の目的自体は正当であつたとしても、繁忙期以外は休暇をとれないというほどではなく、一か月を平均すれば神戸税関だけが特に繁忙といえない状態であり、大蔵省関税当局も当時人員増加の要求に力を入れ、他省庁に比較してかなりの増員を獲得し、神戸税関にも多数の配分があつたというのであつて、本件の行為は、繁忙期において輸出関係書類の処理件数を低下させ、残件が増加したところで超過勤務を妨害し、重点審査が指示されるやそれをも妨害するという悪質な一連の業務処理の妨害であり、人員不足を認識させる方法として正当とはいいがたいものである。また、従前いわゆる梅干事件があり重点審査につき職員に不安があつて文書にすることを要求したものであつたとしても、梅干事件は収賄の疑いから取調べがされたものであつたのに対し、本件は上司の指示によるものであつて、両者は同一には論じられないものというべきであり、従来も職員各人の責任で重点審査が行われていたというのであるから、本件の場合に限り文書にしなければ不安であつたとは認められないし、また、本件行為により船積みができないという最悪の事態は避けられたとしても、職場を混乱させ、一一月一日に処理すべき分を二日に持ち越すという結果を発生させ、その遅延により業者に迷惑を及ぼし業者の苦情が出るという影響は軽視することができないところであり、これらの活動における被上告人らの行為の責任は重大であるといわなければならない。また、一二月二日超過勤務命令撤回闘争は、繁忙期の勤務状態に遠因があり、船積みすることができないという最悪の事態の発生はなかつたとしても、繁忙期における職場離脱による超過勤務の拒否であつて、輸出関係全体に及び、ために業者からも抗議が出ていたこと等を考慮すれば、その情状は軽いものということはできない。なお、国家公務員の争議行為及びそのあおり行為等を禁止する国公法九八条五項の規定が憲法二八にに違反するものではなく、また、公務員の行う争議行為に同法によつて違法とされるものとそうでないものとの区別を認めるべきでないことは、当裁判所の判例(昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁)とするところであるから、国公法八二条の適用にあたつても、同法九八条五項により禁止される争議行為とそうでないものとの区別を設け、更に、右規定に違反し違法とされる争議行為に違法性の強いものと弱いものとの区別を立てて、右規定違反として同法八二条により懲戒処分をすることができるのはそのうち違法性の強い争議行為に限るものと解すべきでないことは、当然である。したがつて、被上告人らに対する本件懲戒処分が裁量権の範囲を超えるかどうかの判断に際して、原判決のように、禁止される争議行為と許される争議行為との限界の判断がむずかしいこと、特に時間内にくい込んだ職場集会の許されるか否かの判断がむずかしいことを考慮に入れるべきでないことは、いうまでもないところである。
前記の被上告人らの本件行為の性質、態様、情状及び被上告人らが日米安保条約反対闘争で昭和三五年六月三度にわたり午前九時三〇分ころまでの勤務時間内職場集会をしたことにより、同年七月被上告人神田が減給一〇分の一を二か月、同中田が減給一〇分の一を三か月、同田代が戒告の各懲戒処分を受けていること等に照らせば、原審が挙げる諸事情を考慮したとしても、本件処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとまではいえず、他にこれを認めるに足る事情も見当たらない以上、本件処分が懲戒権者に任された裁量権の範囲を超えこれを濫用したものと判断することはできないものといわなければならない。これと異なる原審の判断は、ひつきよう、国公法八二条の解釈適用を誤つたものというべきである。
(四) むすび
原審の判断には右に述べた違法があり、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。
第二結論
以上の次第で、原判決中上告人敗訴部分は、破棄を免れない。そこで、更に、右部分について判断するに、原審が確定した本件処分説明書の処分理由の記載に照らせば、本件処分説明書には本件処分を違法とする手続的瑕疵はなく、また、前述したところによれば、被上告人らは国公法八二条一、三号の懲戒事由に該当する(なお、当裁判所も八月一九日の被上告人田代の行為は国公法八二条三号に該当すると認める。)ところ、本件処分は右懲戒事由にあたることを理由として行われたものと解されるから、なんら不利益取扱いの禁止に違反するものではなく、また、前述のように本件処分は懲戒権の範囲を超えこれを濫用したものということはできないのであるから、本件処分に被上告人ら主張の違法はなく、その取消を求める被上告人らの本訴請求は、理由がない。したがつて、これと判断を異にする第一審判決を取り消し、被上告人らの請求をいずれも棄却すべきである。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官環昌一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官環昌一の反対意見は、次のとおりである。
私は、被上告人らのように国公法の適用のもとにあつて行政事務に従事する公務員(以下単に「公務員」という。)に対して懲戒処分をしようとする場合に、その処分事由とされる当該公務員の行為が、職員の団体(以下便宜「組合」という。)の団体行動その他の行動に関連してなされたものであるとき、そして特に懲戒処分のうち免職処分を選択しようとするときには、以下にのべるような特別の考慮が要請されるのであり、本件においてこのような考慮をすると、多数意見とは反対の結論にいたらざるをえないと思う。
一 公務員は、国民全体の生存の確保のため片時も停廃することの許されない、いわば国民全体の共同の事務である行政事務を処理することによつて国民全体に奉仕するものとして、国民によつて選定されるものである。公務員も、憲法二八条にいう勤労者にあたるものであるが、右のようなその職務の極めて高い公共性に由来する特殊な性格をもつているため、そのいわゆる労働基本権については、これに内在するものとしての制約が存するのであり、国公法等の公務員関係法令中に定められている、いわゆる正当な労働基本権の行使を制約する規定であつても前述の趣旨に照らして合理的なものは適憲であると考えられる。そして、国公法九八条一項、二項(本件当時は旧九八条一項、五項)は、公務員が法令に従い上司の職務上の命令に忠実に従わなければならないこと、同盟罷業等の争議行為や怠業的行為をしたり、これをあおつたりしてはならないことを定めており、これに違背した公務員は労働基本権の保障を理由とする民事上の免責を主張することができず、政府はこれに対して同法八二条の定めるところにより懲戒処分をすることができ、かつ、その処分の種類、程度は原則として処分権者と定められている者の合理的な裁量にゆだねられているものと解せられるが、このような労働基本権の制約は合理性を欠くものとは考えられない。各個の公務員たる職員は、前記のようなその職務の高い公共性とその遂行の重い責務を認識した上、その基本権には右のような制約があることを前提として、自らの意思によつて公務員となり政府と労使関係に立つにいたつたものであるから、このような制約に服すべきであることは当然である。しかし、そうだからといつて、公務員についてその憲法上の勤労者としての生存権を確保すべき要請の存することもまた否定することはできないから、組合やその役員が使用者たる政府の当局者に対して労働条件や当局の労働関係上の処置などについて、抗議したり、不満の意思を表明したり、是正や改善と考えられるところを申入れて認識や理解を求めたりするなどの行動をすることは、前記の制約に反せず、かつ節度をこえるものでない限り禁止されるものではなく、当局としてはこれに誠実に対応することが要請されているというべきである。その意味では、公務員の労使関係は、高度の相互信頼の上に成り立つているものと解せられる。
二 このように公務員と政府との関係には、公務員の地位の特殊性に基づく特別の関係としての面と実質上雇傭契約に類する合意の存在に基づく労使関係としての面とがあり、公務員の地位と職務内容に応じて、特殊性の面が特に強いとみられるものから、一般私企業の従業員と変らない労使関係にあるとみられるものまでが存在するから、前述の信頼関係にもまたこれに応じてその性質、程度に差異があると考えられるが、懲戒処分に関する規定は主として右にのべた労使関係の側面において働くものであると思う。そして、前記のように組合の行動に関連する職員の行為についてされる懲戒処分は、その行為を職務の不履行や右の信頼関係をそこなう非行などにあたるものとしてされる不利益処分(制裁)であつて、その本来のねらいは、その不利益のもつ抑止力によつて当該職員に対し将来を戒め再び右のような行為をすることによる公務の停廃を防止しようとするところにあると考えられる。従つて、国公法八二条に定める懲戒処分のうち、停職、減給又は戒告の処分(以下「停職等の処分」という。)のように、被処分者に公務員たる地位を保有せしめたままなされる制裁が右のねらいに沿うものであることはいうまでもないが、これに反して免職処分は、その性質上その抑止力によつて、当該職員に将来の職務の完遂を期待するものでないことは明らかであり(副次的には他の職員に対する警告という他戒的なねらいのあることは否定しえないところであるが)、その実質は、国公法上身分を保障されている職員に対して、その義務の不履行や非行を原因とする労使関係消滅の効果を伴ういわば使用者による一方的な解約権の行使であつて、次にのべるような特別の不利益を伴うものであると解せられる。すなわち、今なおいわゆる生涯雇傭を通例とする我が国の労働事情のもとでは、通常の転職、勤務先の変更等でさえ、勤労者にとつて収入や生活の安定その他の面でなみなみならぬ障害となるものであることは明らかであるが、ましてや懲戒処分を理由とする離職の場合には、その社会的信用の格別の失墜と相まつて再就職が著しく困難となることは見やすいところである。のみならず、免職処分は、被処分者に対し退職手当金や恩給の受給権について著しい不利益を伴うものであり(国家公務員退職手当法八条一項一号、恩給法五一条一項一号、なお、国家公務員共済組合法九七条一項参照)、停職等の処分のうち最も重い一年の停職処分に比べてその実質上の厳しさは同日の比ではない。このようにみてくるといわゆる全農林事件判決(最高裁昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁)が、「労働基本権につき(中略)当然の制約を受ける公務員に対しても、法は、国民全体の共同利益を維持増進することとの均衡を考慮しつつ、その労働基本権を尊重し、これに対する制約、とくに罰則を設けることを、最少限度にとどめようとしている態度をとつているものと解することができる」と判示するところにうかがわれる法の精神は、懲戒処分に際し、右のようにその厳しさにおいて格別である免職処分を選択する裁量においても生かされるべきであつて、これを選択することには特別に慎重でなければならないというべきである。
以上のべたところから、私は、このような事案における懲戒処分が裁量権の範囲をこえず適法であるとされるためには、当該職員の職務上の義務の違背や非行の程度が重いというだけではなく、一般の事案における場合よりも特に慎重な配慮のもとで、なおかつ、その行為を徴憑として当該職員が全体の奉仕者である公務員としての自覚と責任感を著しく欠如することが明らかに認められるなど、労使間の前述の信頼関係が失われその回復が至難であることが、客観的に十分な合理性をもつて肯認できる場合でなければならないと考える。
三 以上の見地から、原審の確定したところに基づいて、本件処分事由とされる事実を、本件懲戒免職処分との関連でどのように評価すべきであるかを検討する。
(一) 八月一九日の件について
右の事案における被上告人田代の行為は、同被上告人ら組合員が、同じく組合員である訴外大塚宏圀に対する処分事由や処分にいたる経過について当局側に説明を求め、かつ、抗議をした際行われたものであるが、同被上告人らの業務放棄の結果を伴つたものとはされていない。そして右大塚に対する処分にいたるまでの経緯に照らしてみると、少なくとも同被上告人ら組合員が当局に説明を求めたり抗議すること自体理由のない不当な行為であつたとまではいえないし、他方これに対する当局側の対応が誠実なものであつたとはいい難い。もとより、原審認定のような当局側にもその生起に責なしとしないと考えられる緊迫した事態のもとであつても、同被上告人が原審認定のような暴言を吐いたり当局側の者の耳もとでマイクを使つたりしたことは、特に組合の役員の地位にある者の行為として確かに節度をこえて違法かつ無益無用のものであつたというべきではあるが、それは右のような事態のもとでの集団心理によるところが少なくなかつたと考えられ、また、同被上告人が暴力その他の物理力を直接あるいは組合員を指揮して行使させ当局側の者の退出を阻止したような事実までは認め難いところである。
(二) (イ) 一〇月五日、二六日の件、(ロ)同月三一日ないし一一月二日の件、(ハ) 一二月二日の件について
右(イ)(ロ)(ハ)の各日に行われた原審認定の被上告人らの各行動が、いずれも業務の放棄を含み職場秩序を乱す違法なものであり、従つて、これに対して出された当局側の職務上の命令は正当というほかはないから、被上告人らがこれに従わなかつたことも違法であることを免れない。また、その間に行われた被上告人ら組合員の具体的言動にも節度をこえ違法にわたるところが少なからずあつたことを否定することはできない。
しかしながら、その行動の内容、実質についてみると、右三件ともそれは窮極的には使用者たる政府の労働政策ないし労働条件に関する組合としての抗議ないし不満の意思の表明であり、神戸税関当局との関係では組合の要員不足の主張に基づいた、抗議等の意思の表明を中心とするものであつたとみるべきものである。そして、原審認定の次のような事情、すなわち昭和三六・三七年度において相当数の増員が行われ神戸税関にもかなり多数の配分があつたことから同税関当局も人員増加の必要性を認め、これを要求していたものと推測されること、横浜税関に比べても神戸税関の処理事務が特に繁忙であつたとはいえない状態であつたことなどを考慮してみても、組合がそれでもなお要員不足が解消されないとして、当局に不満の意思を表明し、その認識を求める必要があると考えたことが必ずしも不当であるとはいえないし、他に従来の当局のこれに対する対応等との関連から、このような意思の表明をすること自体が不当ないし不必要なものであつたとするに足る特別の事情の存在も認め難い。また、前記(イ)の事案はもともと組合が全税関労組本部の指令に従つてしたものであつて、始業時を選び、実質的に比較的短時間の業務放棄に制限して行動していること、(ロ)の事案において当局のいわゆる重点審査の指示に対し、被上告人らがその文書化を要求したのも、もともと組合員たる職員の被上告人ら役員に対する要請に端を発したものであり、その経緯からみて怠業行為の引延ばしや当局に対するいわゆるいやがらせのねらいをもつてされたものとまで認めることは相当でなく、また、右の事案では一部分を除いて結局仕事はその日のうちにほぼ処理されていること、(ハ)の事案においても、被上告人らは結局組合員をして超過勤務命令に服させたため、その日の仕事の処理は終つていることなどの諸事情にかんがみると、被上告人らが組合の役員としてその職務の高い公共性を認識して国民に対する影響を大きくしないようそれなりに配慮し自制したことをうかがうことができる。なお、被上告人らその他の組合員の当局との折衝、デモ行進、いわゆるシユプレヒコールなどにおける節度をこえ粗暴にわたる発言、振舞などは、すべて集団行動時における附随的なものと考えられ、さきに(一)の事案における暴言についてのべたところと同様本件の本質的な考慮においてはこれをしかく重視すべきものとも思われない。
四 以上検討したところを総合して考えると、右の各事案における被上告人らのそれぞれの行為の情状、その国民に対する影響ひいては被上告人らの責任が、軽視することを許されない重大なものであるとすることも理解できないではないが、被上告人らが自らの職務の公共性に対する認識とその遂行に対する責任感とを著しく欠くものであり、被上告人らの地位と職務内容に相応する労使間の相互の信頼関係がもはや回復し難いと認められる程度にまで失われたとみることは、前記のような慎重な考慮のもとでは、納得しがたいことろである。のみならず、被上告人らの本件処分の前の処分歴は、多数意見が挙示するとおり被上告人神田は減給一〇分の一を二か月、同中田は減給一〇分の一を三か月、同田代については戒告の処分をいずれも一回受けたというにとどまるのであるから、停職等の処分による抑止力に期待することが不可能であり、今直ちに前述したような特別に厳しい免職処分によりこれを職場外に放逐するほかないとした上告人の裁量はあまりにも性急にすぎるものであつて妥当なものとは考えられない。従つて、被上告人らの本件処分事由とされる行為は、何らかの懲戒処分を受けるに値する違法なものであるとはいえ、これに対してなされた本件懲戒免職処分を適法とする多数意見の結論には賛同し難く、原判決はその結論において正当としてこれを是認することができるので、本件上告は排斥を免れないものと考える。
(天野武一 江里口清雄 高辻正己 服 部高顕 環昌一)
上告代理人中山晴久、同原田昭、上告指定代理人香川保一、同近藤浩武、同長島俊雄、同鎌田泰輝、同上野至、同東光宏、同藤田鈴夫、同青木元一、同西川義輝の上告理由<省略>